今回は、チェコの「ミクラーシュ」と呼ばれるユニークな12月の行事をご紹介します。日本にも似たような行事がありますが、チェコでは鬼ではなくて悪魔が家に来るのだとか……。

聖ミクラーシュの12月
初めてチェコで迎えたクリスマス。本物のもみの木を飾りつけるのは楽しかった。親しくしていたノヴァーコヴァーさん夫妻からいただいた、大きなクマのぬいぐるみを抱えて。

 プラハで迎えた初めての冬のこと。12月ともなると吐く息は白くなり、私たち子どもが帽子を忘れて出かけると、「帽子をかぶらなきゃだめよ」と、よそのおばさんに声をかけられた。空がどんよりと曇った日が多くなるが、クリスマスが近いせいか、みんなはどこかうきうきとしているように見えた。そんな楽しいはずの季節に、子どもにとって一生忘れることのできない、チェコならではのできごとがあった。

悪魔がうちにやってきた!?
聖ミクラーシュの12月
寒空の下に人が集まるのは、鯉を売るいけすの前。希望の大きさを言うと、鯉を網ですくって頭を木槌でたたいてくれる。クリスマスイブに料理するまでの間、鯉をバスタブに放しておく家が多い。

聖ミクラーシュの12月
目を丸くして、鯉を網ですくうところを覗き込む。ヤン・シュヴァンクマイエル監督の「オテサーネク」の冒頭には、いけすから鯉を売る場面が象徴的に使われている。

 ある晩、父の留守中にドアのベルが鳴り、母がドアを開けに行った。すると、3歳の妹と遊んでいた居間へ、突然何かが押し入って来た。それは悪魔だった。チェコの絵本で見たことがある、あの悪魔。角が2本に長いしっぽ。手に鎖を持ち、舌で「ベロベロレロレロ」という奇妙な音を立ててこちらへ向かってくるではないか。その横には、白いひげの、白い衣装の人がいるのにも気がついた。わっと泣き出してテーブルの下に隠れた妹。立ち尽くす私。母もびっくりしている。
 その悪魔が、「こっちへ来い」という身振りをしきりにするのだった。テーブルの下に隠れた妹を、悪魔は見つけるなり引っ張り出そうとしたので、妹は泣きじゃくった。だが、抵抗もむなしく妹と私は、悪魔と白い服を着たやさしそうな人の前に並ばされたのだった。
 「お母さんの言うことを聞いて、いい子にしていたかね?」と白い服を着た人に聞かれたときには、緊張しながらうなずいていた。すると、ふたりはオレンジを手渡された。「じゃあ、これからもいい子でいるように。悪いことをしたら、今度は悪魔が炭をもってくるからね」そう言って、ようやく帰って行ったのだった。

あらかじめ親同士打ち合わせを
聖ミクラーシュの12月
冬、雪が積もるとソリ遊びが楽しい。チェコの小学校で行ったスキー教室で、初めてスキーをはいた。
聖ミクラーシュの12月
同級生エヴァの家で。チェコでは、クリスマスイブは家族だけで静かに過ごす。レストランが休みなのを知らずに、我が家はイブの町を右往左往したことも。

 これは、12月6日の、聖人ミクラーシュ(カトリック司教。英語圏では「聖ニコラス」と呼ばれる)の日にちなんだチェコの伝統行事で、前日の5日に、聖ミクラーシュは悪魔と天使をつれて、子どもの家をまわる。誰がその役目をするのかは、子どものいる家のご近所同士で申し合わせておくという。親はミクラーシュの形をしたチョコレートなどのお菓子や簡単なプレゼントを、ミクラーシュ役にあらかじめ渡しておくという仕組みになっている。
 朝寝坊の子どもやニンジン嫌いの子どもに手こずる親は、ミクラーシュにそっとそのことを報告しておく。何も知らない子どもは、ミクラーシュが「ニンジンを食べないで、いつもお母さんを困らせているね」などと言うと、飛び上がるほどびっくりするのだった。
 聖ミクラーシュの伝統行事は、今でもチェコで行われている。そういえば、数日前からプラハのアパート入り口ドアに、こんな紙が張られていた。

"ミクラーシュ、天使、悪魔"
あと数日で12月5日のミクラーシュの日です!!! 
お宅のお子さんは、喜ばせたいようないい子ですか? それとも、ちょっと脅かした方がいいような悪い子ですか? 当方は、ミクラーシュの経験が豊富で、お子さんのことをよく心得ています。ご興味のある方は、次の所へお電話ください。お宅まで伺います。

ミクラーシュと仲間より

 12月をチェコで過ごして、ミクラーシュの伝統行事が、私たちが住んでいた70年代に比べると随分派手になっていることがわかった。
 12月5日。友人から次のような電話をもらった。

聖ミクラーシュの12月
2004年の12月。プラハの町中で出会った聖ミクラーシュと悪魔の格好をした若者たち。最近は、若者や子どもが仮装して町にくりだし、お祭り騒ぎに……。
 「外に出てごらん。ミクラーシュや悪魔にたくさん出会えるよ」。
 母と妹とさっそく出かけると、歩道や教会の前の広場や地下鉄のホームまで、ミクラーシュや悪魔、天使の格好をした若者に大勢出会った。旧市街広場では、ちょうど大きなクリスマスツリーの点灯を待つ人びとで、広場は人で埋め尽くされていた。赤く光る悪魔の角を頭に載せた子ども。大型犬を連れた悪魔。おちゃめな天使の女の子たち。
 子どもが悪魔に泣き出すほど怖い、厳かな雰囲気はそこにはなかった。でも、一方でチェコの新しい世代の登場を肌で感じたのも確かだった。